在宅ケアでの感染対策ノート

−−−感染症が恐くなくなる! シンプル対策ガイドライン−−−

2001.7.7
クオーレACCT合資会社 保健士 五十嵐 直敬


1.感染とはどういうこと?

 まず始めに、「感染とはどういうことか」肝心な部分をぜひ知って下さい。それさえわかれば、感染は恐いものではありません。

「感染」とは、

  1. 人体に害を及ぼす性質を持った、目には(ほとんど)見えない病原微生物(細菌・ウイルス・ダニなど)が、

  2. ある経路を自ら移動し、またはヒト・動物・物品 などに媒介されて、

  3. 人体に定着し増殖を始めること

 です。簡単に言うと、「病原体」「感染経路」「定着・増殖」の3つの要素が揃った時、感染が成立します

 つまり、どんな菌やウイルスが体に付こうが入ろうが、人体に害を及ぼす<病原>微生物でなければ、「感染」とは捉えません。実害もありません
 腸にたくさん(1Kgにも達するともいう)いる腸内細菌(乳酸菌、大腸菌等)が良い例です。肌にも、汗や皮脂を出す汗腺・皮脂腺の中にも、口にも鼻の穴にも膣にも、多数の微生物がいます。しかし、大抵は病原性を発揮せず、大人しくしているので問題ないのです。

 病原微生物の移動能力は、1時間に数ミリ、ダニなどでも数センチ程度でしょう。つまり、病原微生物は、誰か・何かの力を借りなければ、他へ移動することは実際上不可能です。
 つまり、(病原)微生物は必ず「ヒトの手を介して」「飲み物・食べ物に混じって」などの<道>つまり「感染経路」をたどります。感染経路がなければ、または遮断されれば、感染は起こりません

 さらに、病原微生物が誰かの体に取り付いても、すぐに取り除かれれば、感染は起こりません。例えば手を洗えば、手についた病原微生物は流れ落ちてしまい、感染の機会を失います。

 感染は、上記の「病原体」「感染経路」「定着・増殖」3つの要素のどれが欠けても、成立しません。つまり、上記の3つの要素のどれかを取り除けば、感染は予防・阻止できます

そして、

と呼びます。


2.感染対策の基本の基本

 感染対策の基本は、2つあります。

  1. 感染対策は、感染症発症の有無に関わらず、全ての患者に行うこと(=標準予防策:スタンダード・プレコーション Standard Precautions
    −−−>いつも感染に注意するぞ! と覚えて下さい!)

  2. 「病原体」「感染経路」「定着・増殖」の感染の3つの要素のどれかを断ち切ること

 です。
 そして、3つの要素のそれぞれに効く、「手洗い」が最も簡単で安価で確実な、感染対策の最大の第一歩です。
 患者さんが他の患者さんと必然的に「隔離」されている在宅ケアでは、きちんと手洗いができれば、ほとんどの感染は難なく防げると言って良いでしょう。


1)感染対策、全員に行えば万全です!

 病原微生物は、肉眼では見えません。つまり、機器や検査なしでは存在が確認できません。
 もし検査をして例えばMRSA陰性だったとしても、検査をしない翌日にはMRSA陽性つまり病原体がどこからか感染していることもあり得ます。知らない、分からないだけです。
 ということは、病原体は、目に見えなくてもそこに居る「かも」知れない、いつ移されたか分からないのです。常に「病原体がいるかも知れない、移るかも知れない」と疑り警戒する必要があるということです。
 そこで、感染対策の基本の基本として、次の心構えが必要になります。

病原体は目に見えなくても「いるという前提」で対策する。
−−−> スタンダード・プレコーション「全員に感染対策を実施」

 スタンダード・プレコーションのもう一つの大切な側面として「患者を感染症の有無で差別・区別しない」ということがあります。
 例えば大部屋で、ある人だけに手袋をし手洗いをする。あるいは、個室に隔離され、大仰なガウンとマスクを着込まれる。そんな「感染対策」をあからさまにされる患者さんの気持ちは、どんなものでしょうか?

 在宅の場合は、他の患者さんが居ないので差別感は和らぎます。
 しかし逆に感染症の有無により手洗いなど感染対策をしたりしなかったりということが、ケアする者の「まぁいいか」という気持ちにつながり、感染対策を骨抜きにして「ケア原性に」感染症を誘発するということにもなります。

 さらに、在宅患者は入院中の様に頻繁な検査はしないので、感染の発生に気付くのが遅れます。気付いてから対策しても遅いのです。

 在宅患者の感染症は、訪問ケア者が持ち込み移したか、ショートステイなどの施設利用で移されたと考えて下さい。なぜでしょう? それを防ぐには?

 ケアする側からも、患者側からも、「区別しない」スタンダード・プレコーションは、感染対策の万全を図り、感染対策意識を強化する上で大切なのです。

 尚、「標準予防策:スタンダード・プレコーション」という考え方は、米国の疾病対策局(CDC: Centers for Disease Control and Prevention: http://www.cdc.gov/)が(1985年に勧告した「Universal Precautions=普遍的予防策を発展させて)1996年に勧告しています。また手洗いの重要性・優先性も述べられています。
 国内の資料としては、福岡大のWebが手軽でまとまっています。
 福岡大感染対策の手引き: http://www.med.fukuoka-u.ac.jp/infect_c/manual1.html


2)早い、安い、効く! きちんと手洗いすれば感染は恐くない!

 それでは、3つの「感染の要素」毎に、主な感染対策を挙げてみます。

病原体を取り除くか死滅させる:
手洗い。アルコールやヒビテンでの消毒。オートクレーブやEOG(エチレンオキサイドガス)での滅菌。
感染経路を遮断する:
手洗い。ディスポ手袋・ガウン・マスクの着用。患者の隔離。
病原体の身体への定着・増殖を阻止する:
手洗い。抗菌グッズ。抗生物質を患者に投与。患者の体力・免疫力の増強。

 手洗いは、ケアする者の手についた病原体を洗い流して取り除き、それによって「ケアする者の手」という感染経路を遮断し、またケアする者の手での病原体の繁殖を防ぐ」という、3つの感染対策を同時に行えます。
 また、患者に負担や副作用、過敏症などのリスクを与えません。
 手洗いは、在宅で問題となる医療物品コストの面でも有利です。手洗いは基本的に、水と石鹸だけでほぼ充分な効果を発揮します。市販の抗菌剤入り薬用石鹸を使えば、消毒も同時にできます。

なぜ「手を」洗うのでしょうか?
−−−>患者さん・汚染物質(血液、体液、排泄物)に触れる機会が一番多いからです!
−−−>手は汗や皮脂が多く角質が厚く、病原体の温床になり易いからです!

 そこで問題は、「いつ、どのように、どこで、手を洗うか」ですね。では、具体的な理由とともに説明します。

いつ=訪問宅でケアをする前、ケアした後、汚染した時
 ケアする前:移動中に土ぼこりや人ごみでもらった病原体が付いて増え始めているかもしれません。前のお宅の患者さんからもらった病原体が残って増殖しているかもしれません。それを取り除きます。あなたの手や身体にいつも居る微生物「常在菌」も、他の方にとっては病原体になり得る(日和見感染)ので、取り除く必要があります。
 ケアした後・汚染した時:付着した「かも知れない」病原体を取り除きます。

どのように=石鹸と水道の流水で約30秒程度洗う
 石鹸は界面活性作用=病原体や汚れを皮膚から引き剥がす作用があります。そして流水で十分洗い流すことで、病原体はほとんど問題にならない程度に取り除かれます。
 指の間、親指・小指の外側、手首は洗い残し易いので注意します。また石鹸は充分に泡立てて、皮膚をこすります。患者さんとの接触が特に密な場合・触れたことが分かっている場合は、肘まで洗います
 爪は、不潔にならないよう長さに注意して下さい。また指輪は、裏側が細菌繁殖の温床になるので、ケアするときは外しましょう。腕時計も、防水時計にして手と一緒に洗うか、外します(胸に付けるタイプのナースウォッチもあります)。
 お宅のタオルは衛生状態が不明なので、基本的にタオルは持参します。石鹸も汚染されていては意味がないので、できるだけ持参します(液体薬用石鹸を化粧水などの小ビンに入れると便利です)。

どこで
 お宅で洗面所や流しをお借りします。初回訪問時に予め、感染対策(持ち込まないため、持ち出さないため)に手を洗いたいので場所をお借りしたい旨、きちんとお話ししておけば、お互いにすっきりするでしょう。
 洗面器で洗うことは、病原体が再付着する危険が大きいので、極力避けます(お家の方がご好意で出して下さった場合は、仕方ないこともありますが...)。

「手洗い」は誰のためにするのでしょうか?
−−−>ケアの前の手洗いは、これから看る患者さんを護るため。
−−−>ケアの後の手洗いは、次の患者さんとケア者自身を護るため。


3.これで感染は恐くない!! 注意と対策のポイント

 感染症は、感染対策を怠らなければ、恐くありません。そして、少なくとも在宅ケアの場面で、特殊・大掛かりな対策は、滅多に必要ありません。
 では、感染が起こる場面と対策を、リスクが高い順に挙げてみます。尚、CDCのガイドラインを基に、在宅ケアの現場の実状を考慮してアレンジしてあります。
 細かい所は後で少しずつ覚えればよいので、まず赤地の部分と太字の部分だけ覚えれば大丈夫です。

接触の程度場面具体例対策
直接的接触身体・体液・分泌物・排出物に直接触れた時 粘膜、露出した組織(褥瘡など)、口腔、血液、排泄物、性的分泌液、体表皮膚(特に寝たきりで保清が十分でないとき)  ケアの前後に手洗い
 体液、組織に触れる場合(褥瘡処置など)はできるだけディスポ手袋を着用し処置後に手洗い。
 自分の衣服を汚染しそうならエプロンまたはガウン着用
 咳で痰や飛沫が飛びそうならマスク着用。
関節的接触患者との接触が濃厚な物品 患者の衣服、寝具、整容具(歯ブラシ、剃刀、櫛など)  ケアの前後に手洗い

 如何でしょう? たったこれだけのことを、「いつも、お宅毎に、きちんと」できれば、まず感染する・感染を媒介することはありません。

場面具体例対策
物品の取り扱い患者の体液に接触する可能性がある物品 ディスポ手袋、マスク、摂子など 基本は使い捨て。無理な場合は適切な消毒・滅菌を行う。
 使い捨てにしない物品は極力専用とする。
患者の体液との接触がない物品体温計、血圧計、聴診器など  体温計、聴診器などは患者毎に使用後アルコール綿清拭
 消毒は清拭か漬け置き(スプレーするだけでは効果低い)。
 血圧計はできれば袖の上から巻く。汚染したら機械部分はアルコール清拭、マンシェットはヒビテン等に漬け置く。
 可能なら患者専用にする。
リネンエプロン、ガウン、ユニフォームなど  目に見える汚染が無ければ、通常の洗濯で良い。ただし充分な水量で洗う(詰め込まない)。できるだけ日光に当てて乾燥するか、アイロンをかける。
 患者の体液で明らかに汚染したら、汚染を流水で流してから、適切な消毒薬または熱湯(=疥癬などの場合)で消毒後、通常の洗濯。汚染がひどければ廃棄・焼却。
 エプロンやガウンを患者宅から持ち帰る際は、患者に触れた外側を内側にしてたたみ、極力ビニール袋に入れて持ち帰る
環境室内空気、埃、床、風呂の水など  麻疹・水痘・排菌中の結核など一部の感染力が強い病原体以外、空気感染の危険はほとんどない
 埃はダニが大量発生していなければ問題ない。
 床は普通に歩いたり座るだけなら、感染の危険はほとんどない。ただし体温計など体に触る物品を床に置いたり、床に置いた訪問カバンを机やベッドに載せたりしないこと
 風呂の水から家人などに感染することはまずないが、褥瘡などから体液が浸出していれば交換(ただし滅多に感染しない)。入浴サービスの風呂水は患者宅毎に替えていれば問題ない。

場面具体例対策
下記に挙げた感染症以外は、上記の通常の感染対策のみで充分です
特別に注意が必要な感染症空気感染症 麻疹、水痘(帯状疱疹)、排菌中の結核 成人の訪問ケア者の場合、麻疹・水痘などは免疫が大抵成立しているので問題ない
 ただし自宅や他患者宅に、特に免疫状態が低下している患者や未感染の乳幼児が居る場合は、患者宅を出るとき・次のお宅に入る時にうがいを加える。
 結核は排菌していなければ問題ないが、特に肺結核の場合は予防的にマスク着用、ケア後にうがいする。
 ケア者がツベルクリン陽転していないか(必要ならBCG接種)、患者が排菌していないか、定期的に検査する。
 物品(訪問カバン含む)は極力専用とする。
※排菌の可能性があればN95微粒子防御マスクを着用、排菌確定なら結核病院に入院、保健所に届け出
ダニ類疥癬、シラミ、ノミなど できれば訪問を最後にして、半袖ユニフォーム(衣服)を着用し、ケア後は露出部分の上(袖の上)まで洗う
 訪問を最後にできなければガウンまたはエプロンを着用し毎回洗濯・交換する。
 ユニフォーム・ガウンなど着衣は脱ぐ・持ち帰る際に他の衣類などに触れないように注意し、60〜80℃程度の湯に浸して(上から十分かければ良い)から普通に洗濯する
 可能なら帰所後シャワーを浴び、新しい衣服に着替える。
 露出する手・腕などはハンドクリームを塗るとダニが付きにくい(肌に取り付きにくい)。
 物品(訪問カバン含む)は極力専用とする。
ウイルス感染インフルエンザ 流行時期には、できれば患者・ケア者ともに予防接種を受ける。
 手洗いに加えて、ケア前後にうがいする。
 患者が咳をしていたら、マスク着用。

※ヒビスコールorウェルパスをシュッシュッ! は効かない!?
 ユニフォームや物品に、ヒビスコールやウェルパスなどの「擦り込み式消毒薬」を吹きかけているのを見かけます。しかしこれは、消毒・感染予防効果は低く、ほとんど意味がありません
 スプレーを窓にでも吹きかけてみて下さい。消毒薬は細かい点々になって付くでしょう。つまり、点々以外の「消毒薬が付かない部分が多い=消毒されない部分が多い」のです。
「擦り込み式消毒薬」はその名の通り、擦り込み塗り広げることを必要とするので、「シュッシュッ」するだけでは、消毒ムラだらけになります。
 また、消毒薬は粘膜に有害なものが多く、噴霧された消毒薬を吸い込むことはあまり良いことではないので、その点でも避けた方が良いでしょう。


4.お宅で自然に手洗い・感染対策するには?

 感染対策は、医療者以外の方にとっては、日常生活にない行為も含まれるため、多少の違和感もあるでしょう。
 如何に自然に、スマートに感染対策を患者さんのお宅で実行するかは、ケアの見せ所です
 以下に、特に中心となる手洗いを主に、ポイントを挙げます。


初回訪問時に手洗いが必要なことを説明する
 初回訪問時に、ケアの説明と同時に、手洗いさせて頂く旨をお話し、必要性を理解して頂くことが大切です。
 最初から当たり前の様にお願いし、始めてしまえば、患者さんやご家族の違和感は避けられるでしょう。
 説明するときは、手洗いや感染対策は、「患者さんの感染予防のために行う」「医療者が汚いと思ってしていることではない」ことをお話しましょう。

手洗いするタイミングを見計らう・逃さない
「その場の雰囲気」をうまく利用することが、さりげなく自然に手洗いできるコツです。
 訪問したら、まずはご挨拶、ご様子を伺いひとしきりお話を伺った所で、バイタルサイン測定など患者さんに触れる前に「ではちょっと、(何か移さない様に)手を洗わせて下さいね」と席を外す。
 患者さんのお部屋までの間に洗面所などに寄れるお宅なら、「先に手を洗わせて下さい」とお願いして先に洗ってしまう。等...
「手洗いもケアのうち」と意識すれば、自然と、いつものケアに手洗いを組み込めることでしょう。

ケアの前の手洗いがポイントです!
 ケアする前に「まず手を洗わせて下さい」とお願いし手洗いすることは、患者さん・ご家族に対して、「手洗いは患者さんを護るため」という意識付けのために大切です。
 ケアの後の手洗いだけでは、ケアする側にとっては「汚いもの扱いされるよう」にも感じられることがありますが、ケアの「前」の手洗いは、「(清潔な)あなたに感染させないようにします」という意思表示になるのです。

※どうしても手洗いできない時は...
 基本的には、どんなお宅でも手は洗えるはずです。ケアのプロとして、患者さん(目の前の方も、次の方も皆)と自分を感染から守るために、皆のために手洗いという感染対策が必要なことを、患者さん・ご家族に納得して頂けるよう、お話しする(し続ける)努力をして下さい
 たった一人・1ヶ所でも感染対策が不充分なら、そこから感染が広がるリスクが生じます。
 どうしても、何かの事情で手が洗えないときは、(できればウェットティッシュやアルコール綿で汚れを拭いた後に)ヒビスコールなどの擦り込み式消毒薬で良く消毒し、次のお宅で必ず充分に手洗いして下さい。
 訪問ルート途中の公園やテナントビルのトイレなど、手を洗えるポイントを把握しておくと役立ちます


5.まとめに

 感染症は、時に命に関わることもあります。生死に関わらなくても、例えば傷の治りが感染のために悪ければ、それだけ患者さんのQOLは低下し、苦しむ期間が長くなります。
 また、ケアする者が感染すれば、キャリアとして他の人を感染させる危険が生じます。
 感染症は、患者さんのQOLを低下させ、命まで危うくするから、移しても移されてもいけないのです。
 ですから、感染対策は、患者さんとケアする者、双方のためのものなのです。

 そして、「手洗い」を基礎とする簡単な対策を「いつも」行えば、感染はほとんどの場合防ぐことができます。決して、難しいことではありません。まして、健康なケアする者が感染することは、ほとんどありません

 もし、感染してしまった方がいたら。。。
 感染症の方にこそ、より美味しく栄養がある食事を提供し、より快適な環境を整備し、より体の清潔を保ち、より励ますことが必要です。より、ケアを必要とする方なのですから。
 そして、ケアする者が感染症を恐れる必要は、全くありません。正しい対策をきちんと「いつも」行えば、感染は防げるのです。

感染症は恐い? 患者さんが汚い・感染源?
−−−>いいえ! 汚いのはケアする者の手です。
−−−>恐いのは、ケアする者がきちんと手洗い(感染対策)をしないことです。

「いつも」「きちんと」感染対策をすれば、感染は起こりません。
−−−>ケアの前後の手洗いが、最初で最大の第一歩です!!


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